―― ヘアメイクアーティストを目指すきっかけなどあったのでしょうか?

フリーランスの仕事に憧れたのと、サラリーマンになりたくなかった。ということでしょうか。私にとっては美容師もサラリーマン。毎日同じ場所で同じ事をするのに抵抗がありました。

―― 現在に至るまでの経緯を簡単に教えて下さい。

経緯は長いので…ざっと説明すると…やんちゃをしすぎて高校を2年でクビになり、親に金銭面で世話になるのが嫌だったので住み込みで美容室に入りました。で、美容学校を働きながら卒業し、卒業と同時に東京に上京しました。
3~4年でカットまで出来る美容師になったのですが、ロンドンに興味を持ち渡英しました。1年後には東京に戻り、ヘアメイク稲垣亮弐のアシスタント をした後、15年間はずっと海外(イギリス、ドイツ、オーストリア、スイス、イタリア、スペイン)のヘアメイク事務所に所属して活動していました。
現在は帰国し、西新宿でプライベートヘアサロンとヘアメイク活動を両立してます。

―― ヘアメイクアーティストとして一番印象に残っているお仕事は?

いろいろあるので一番というのは難しいですね。
ミラノコレクションでヴィヴィアンウェストウィッドのショーの際、ヴィヴィアンが最後のフィナーレの為の着替えをバックステージで堂々とやっており彼女のフルヌードを見たのは結構強烈でしたが…ちなみに下も金髪でした(笑)

―― 長年、海外を拠点にされていた森さんですが、海外でヘアメイクとして活動するにあたって、必要なものなどあるのでしょうか。

大切な事は現地にいかに馴染む事が出来るかという事だと思います。言語でいうならば、イタリアならイタリア語、フランスならフランス語。英語は判らないときのサポートとしてのエクスペラメントランゲージとして最低限必要かと。

ただ私もそれほど喋りが堪能ではなかったですが…私の場合ファッション業界の人は英語が喋れる人が多かったしモデルは英語が出来るので助かりました。
あと外国に馴染むには最低3年は生活しないと難しいというのが私の持論です。そうしないとただの旅行や観光に毛が生えたようなものです。1年くらいいてもなんにも解りません。『石の上にも3年』とはよく言ったものです。誰が言ったか知らないですが(笑)

―― 現在は帰国し日本中心に活動されていますが、帰国後苦労したことや、海外と日本での違いというのがあるかと思います。教えていただけますか?

まずは空気の違い。これには慣れるまで1年以上苦労しました。ヨーロッパは空気が乾燥しているので日本みたいな湿気がありません。北海道をもっと乾燥させた感じです。15年もヨーロッパで生活していると、体が 向こうに順応しており湿気のせいで体が重く感じ偏頭痛がひどかったです。あとミネラルウォーターしか飲まない生活だったので水に関しては舌が肥えてしまい ラーメン屋さんにもミネラルウォーター持参で、外での飲み物は氷無しといった生活でした。空気と水という必要不可欠なモノ=『環境』に順応するのには苦労しました。

―― クリエーションをする上でインスピレーションとなる様なものは何かありますか?

絵画、映画、バレエ、美術など古典的なものには影響受けていると思います。あと自然なもの。例えば動物の柄だったり鳥の色彩だったりと綺麗なものや昔からあるもの、残っているものにはなんらかの良さがあるように思えるので…

―― ヘアメイクアーティストを目指している人に限らず、海外に強い憧れを持っている若者が多数いるかと思います。これから海外にいこうと思っている若者に何か一言アドバイスをお願いします。

海外に憧れを持ち外国に1年ほど住んで帰国する日本人をたくさん見てきました。彼らは学生だったり目的があったり様々でしたが、楽しく過ごし想い出 だけを持ち帰り本質をあまり学ばず帰国したように思います。また長くいても本来の目的を忘れてしまう人も多くいたような気がします。何の為に海外に行き何 をしたいかという目標をきちんと見据えてから、それを持続する気力を保つ事が大事だと思います。

夏目漱石の草枕の一節なのですが

『智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。』

頑張れ『石の上にも3年』です。